ぷらぷらカメラ ひトリ歩き

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2004年 10月 12日

ALS(筋萎縮性側索硬化症)その8

何も知らない父は自宅に戻った。
本人はろれつが回らないのは一時的なもので、いずれ元に戻ると思っていた。

昭和6年生まれの父は、義務教育終了後すぐに働きに出た。
植木屋の見習い、若衆になり、それからずっと植木屋でやってきた。
学問とは無縁、現場一筋。
本を読んでいる所も、ニュースを見ている所もほとんど目にした事が無かった。
だから、病気に関して悲しいくらい知識を持っていない。
植木とカラオケ、それさえあれば幸せなひとだった。
倅から見てもたいへん能天気な人。近所の世話焼きのじっちゃん...

ガン、脳溢血、心筋梗塞、そのくらいだろうか、父が心配していた病気は...
それが、運動神経が消滅していく病気なんて、本人には思いもつかないこと...
症状から、自分がどんな病気なのか調べてみようとは考えなかったようだ。

周りのみんなからの「すぐに良くなるって」と言う励ましを、
そのまま真に受け取って日々養生していた。
何度か体調の良い日に、植木の手入れをしにお得意さん宅へ足を運んだ。
本人は大変うれしかったようだ。
まだまだ元気!
後は歌えるようになるんだ。

いつどうやって本当の病気の内容を父に話すか...

姉一家が夏休みに北海道に旅行に行く。
その旅行に父と母を連れて行くと言う。
父の体の様子、衰えていく様子からして、それが最後の自分の足で歩いていける旅行になる。ギリギリで出来そう。
その旅行から帰ってくるまでは黙っていよう、先に話したら落ち込んでしまう。
行かなくなるに違いない。
まだ、慌てて話さなくても良い。
ひとつ、父にも、母にも、思い出を...

8月、声は出るものの、しゃべっている内容はそのままではほとんど分からない。
前後の状況、身振り、目配せの具合で「こう言ってるんでしょ。」と理解する。
歩き方はずいぶんスローモーになった。
食事も汁物はダメ、気管に入ってむせてしまう。
病院でもらったトロミ粉をみそ汁に混ぜて、粘り気を着けて食べる。
それなら大丈夫。

そう、それでも食べられる!
大丈夫だ、まだまだ...

by falcon65 | 2004-10-12 15:10 | ALS筋萎縮性側索硬化症


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