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2007年 06月 29日

ALS(筋萎縮性側索硬化症) その34 まとめ

ALSとは何か

ここまでの話はこちらから



父はALSと診断を受けてから6ヶ月という短い闘病生活の後、この世を去りました。
最初に診断した医者の「早くて半年、長くて2年。」の言葉通り…
父自身が宣告を受けたのが8月中旬ですから、10月15日に亡くなるまで、父には2ヶ月しか時間はありませんでした。
とても短い時間です。
そしてその短い時間で父がどこまでALSについて理解したのか、ブログに書いたように息子であるボクにも分りません。
何しろまず言葉が不自由になり、父が何を伝えたいのか理解するのが難しくなったのが痛手でした。
しっかりとコミュニケーションをとれるよう、何か画期的な機器があれば良いのになあと痛感しました。




*** ALSという病気についてボクが見聞きした事を書いています。興味がない方は読み飛ばして下さい ***


この内容に興味の有る方は下のMOREをクリックの上、先にお進み下さい。






球麻痺という症例は患者数の少ないALSの中でも更に少数のようです。
医者から受けた情報は「進行が早い」「飲めなくなる」「食べられなくなる」「息が出来なくなる」と言う事でした。
まさにその通りに進行していったわけで、その医者の慧眼には改めて感心しました。
戦時中の軍艦に乗り組む軍医のように、極めて正しい診断をし、実利に叶った治療を施してくれたものと思います。
それ以外の何物でもないでしょう。
優秀な医者なのであると思います。助かる見込みのあるものにとって。


転院先の院長先生の励まし言葉によって、父は再び病気と向き合う事が出来ました。
病院の中であちこち歩き回り、しゃべれないくせに別の病室に知り合いを増やして行ったのは、これからも生きて行く事へ希望を持っていたからに他なりません。
再び父に希望を与えてくれた院長先生に感謝します。


連休のため病院に院長先生が不在で、当直の医師に判断が出来なかった事。
それは人工呼吸器をいつ着けるかという事。
血中酸素濃度の数値は、亡くなる前々日にはすでに最低値を割り込んでいたと母は言っています。
当直医にまだ人工呼吸器を着けなくていいのか?と聞いた所、う〜ん、と言って明確な返事を避けたそうです。
そして連休明けの火曜日、ボクが病院に行かなかった日。
その日も院長先生はいなかったそうで、父は人工呼吸器の装着を望んでいながら、その決定をする人が不在のため、装着の機会を逃したとも言えるでしょう。
ただし後に院長先生が「こんなに早く進むとは思わなかった、◯◯さんには本当に悪い事をした。」と涙ながらに母に言ってくれたそうで、母もボクもその言葉で救われました。

介護ベッド、痰の吸引機。
この2点は国の補助で1割の負担で利用出来るのですが、実際に父は1日も自宅で使わなかった為、補助の対象から外れてしまいました。
幸いな事にベッドは業者の方が書類上の納品の日を変えてくれて、費用の負担無く引取ってもらい、痰の吸引機は病院が買い取りこちらも費用の負担がありませんでした。
1日でも使わないと補助が受けられないのは盲点でした。

新しい薬が必要です。
遺伝子の謎解きが進めばこの難病も怖くなくなるのでしょう。

本当は患者である父が書けたら良かったのですが、残念ながらそれは出来ませんでした。
本人ではないボクが書く事はなんだか許されない気がしました。
何かありましたらコメント、メールでお知らせ下さい。




原因不明の難病、ALS筋萎縮性側索硬化症。
早くこの病気の治療法が確立される事を願います。
発症の原因の中に家族性ALSという語句があります。
ボクにとってもALSとはまだ終わった事ではないのです。

by falcon65 | 2007-06-29 23:37 | ALS筋萎縮性側索硬化症


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