ぷらぷらカメラ ひトリ歩き

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2007年 04月 09日

知っていたい事

昨夜のテレビで見た「男達の大和」は予想した通り、なんとも言えないストーリーだった。
記録映画ではないから、まあこんなもんだと思えばいいか。
泣けてしまったのは、映画の戦闘シーンを実際に闘った方の戦記と重ね合わせて見ていたから。
作り物だと見えてしまう所も、実体験された話と重なれば意味があった。


日本人の半分くらいは、昔、大和という戦艦があった事を知っているだろう。
零戦という飛行機があった事も知っているだろう。
そのため戦争についての話の中で、大きく取り扱われる事が多い。
だが、闘った船や飛行機はそれだけではない。



海防艦 甲型 乙型 丙型 丁型
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華々しい戦艦や空母、巡洋艦と違い、海防艦について知っている人はどれほどいるのだろうか?
戦争後期、日本の持てる力を全てつぎ込んで建造された艦名がずらりと並んぶ。
1000トンにも満たない小艦たちは、南方からの輸送航路護衛に付き、多くが戦没した。
200名近い乗員と共に。

海防艦だけではない、多くの駆潜艇や掃海艇、哨戒艇も護衛任務に付き、米軍の飛行機や潜水艦と戦い沈んだ。

特設哨戒艇などは元々はまぐろかつお漁船。
それが船長以下、船員もろとも軍に徴用され、多数が太平洋上で見張り任務に付き、米軍の飛行機や水上艦、潜水艦に攻撃されて沈んだ。
そのため軍人ではない漁師の方もたくさん亡くなった。

本土へ物資を運ぶため軍に徴用されたたくさんの商船たちも、大多数が米軍の飛行機や潜水艦によって沈んだ。
そのため軍人ではない商船乗組員も非常に多くの方が亡くなった。


大和は映画になるが、これら小艦艇や商船の戦いについては映画になる事はないだろう。
せめてボクはここに書いておきたい。
たくさんの亡くなられた方を忘れない。
再び闘う事が起らないよう微力ながら尽くしたい。



「九段の桜の下でまた会おう」
そう言い合って出撃していった兵士達がいる。
自らの命とひきかえの未来を、残された者たちに託して。

彼等は九段だけではなく、故郷の桜の下にも帰って来てくれているはずだ。
だから桜の花を見ると思う。
今の平和な日本に感謝したい。
あなたたちの死を無駄にしない。
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ありがとうございます。

by falcon65 | 2007-04-09 21:37 | ひとりごと


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