2006年 10月 20日

ALS(筋萎縮性側索硬化症) その20

ALSとは何か

ここまでの話はこちらから


*** ALSという病気についてボクが見聞きした事を書いています。興味がない方は読み飛ばして下さい ***






9月半ば、胃瘻造設手術の予定が決まる。
9月24日に入院、その数日後に手術。経過が順調なら10月半ばに退院して自宅療養。

その頃の父の様子。
言葉をしゃべる事はほとんど出来ない。しゃべると意味のわからない音の連続になってしまう。
舌の運動神経が無くなり動かす事が出来ない。
前にも書いたがどんな発音なのかは誰でも疑似体験できる。
自分の舌を下顎に押し付けたまま、少しも動かさないでしゃべってみればいい。
何を言ったのか自分でもわからない言葉になるはずだ。
そんな状態なので父はほとんどしゃべらなくなった。
そのかわり例によって家族にも難解な、暗号文もどきの文章で話をする。
一言一句、首をひねりながらメモ帳に書いていく父の姿は、悲しくもありユーモラスだ。
何しろ父が書き終わると、その文章の読解と推理という楽しい作業がボクには待っている。
なんて書いたのかその意味を父に確かめる作業が…

食べたり飲んだりするのは相当たいへんな仕事になっていた。
そのためガリガリに痩せてしまい、見るからに弱々しい。
だが立ち上がって歩いたり、物を掴んだりする事は出来た。
足や手の運動神経はまだ充分に機能している。
椅子に座って自分の手で器からご飯を食べる。トイレに立って一人で用を済ませる。
あまつさえ入院に備えて、健康な足でも徒歩15分かかる馴染みの床屋まで一人で歩いて行ってきた。

どれだけ時間をかけて歩いたのかはボクは知らない。
休み休みしか歩けないから、普段の10倍は遠く感じたのではないだろうか。
父はいつも頭を刈ってくれる仲の良い理髪師さんに、けじめの挨拶に行ったようだった。
でも残念な事にその方はその日休み。理容師さんには会えなかった。
夕方暗くなってからとぼとぼ家に帰ってきた父は泣いていた、と母は言った。

父はどこから出してきたのか、15年くらい前の自分のスナップ写真を母に渡した。
何かあった時はこの写真を使えと。
真面目そうにすました顔の、若い時の父の写真。
わかったよ、そうするよ、と受け取るしかない。

そして入院。

by falcon65 | 2006-10-20 17:35 | ALS筋萎縮性側索硬化症


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