ぷらぷらカメラ ひトリ歩き

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2010年 10月 30日

タクシードライバー

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(この画像は物語の舞台とは異なります)


オヤジサラリーマンの聖地、辛橋。
楽しい酒を飲み終えた人々がそれぞれの家路につく。


飲み屋の前で7,8人のグループから手が挙がり、クルマを止めドアを開けた。

「今日はもう家に帰ってゆっくり休んだほうがいいよ。」
世話役らしい男性が、若い女性をクルマに押し込みながら、
「熊助さん、鉢王子までお願いします。」
おおっと、大きなおサカナ様だ!

「でも...」
女性は少し納得いかない様子。
「もう遅いから、家で休んでね。熊助さんお願いします。」
世話役がタクシーチケットを手渡してくれた。



.



.

コースの確認を終えると、 クルマは最寄りの首都高インターへ向けて走り出す。
深夜の道は空いていて、クルマはスムーズに進む。


静かな車内。
と、後ろの席から女性の嗚咽が聞こえてきた...
「スン...スン...えっ.......えっ........」
声にならない声ですすりあげ、泣いている。

どうしたんだろう...何があったんだろう...
首都高に乗って鉢王子まではおよそ4,50分。
クルマは静かに進む。

「スン...スン...えっ.......」
嗚咽は止まない。
「スン...スン...えっ.......えっ.......」
静かな車内にくぐもった声だけが響く。

どうされましたか?って、声をかけるべきだろうか?
余計なお世話なんじゃないだろうか?

彼女は答えてくれるだろうか?
何でもないです、って、言われるんじゃないだろうか?
いや、泣きたい訳を聞かされても、通り一遍の励まししか言えないなら、
何も聞かないほうがいいのではないか?

走りながら、どうしたら一番いいのか思案する...

「スン...スン...えっ.......えっ.......」
泣き止まない女性。
重い空気。
沈黙する自分。

話を聞いてあげれば、少しは彼女が楽になるんじゃないだろうか?
でも、悲しみの上っ面だけなぞったって、なんの役にも立ちはしない...
自分は沈黙を守る。
嗚咽は続く。
クルマはひた走る。


30分ほど泣き続けただろうか。
女性の携帯が鳴った。

「はい...」
「もう決めたんです。」
「あの人のやり方は許せません。」
「さっきも飲みながらひどいことを気われました。」
「もう辞めます。」

断片的に聞こえる内容から、仕事を辞めようという女性を、なんとか思いとどまらせようとしているらしい。
だが、女性の決意は固そうだ。

そんなやり取りも、聞こえないふりを続ける自分。
聞かれているのを承知で、携帯にしゃべり続ける女性。
クルマは走る、走る、走る...


電話が終り、気が済んだかのか嗚咽も止んだ。
鉢王子インターが見えてきた。
自分は初めて口を開く。

「お客様、インターを降りましたらどのように進みますか?」
「はい、駅のほうにお願いします。」

何もなかったかのように尋ねると、何もなかったかのように女性も答えてくれた。
そして何もなかったかのようにクルマは進む。

「ありがとうございます。料金は一万なにがしです。」
ご自宅前までご案内すると、チケットに金額を記入して、女性は黙って降りていった。
「お忘れ物を今一度ご確認ください。ありがとうございます。」
その後ろ姿に投げかけ、ゆっくりとドアを閉めた。

大きくため息をつくと、クルマを都心へ走らせ始めた。
自分は正しかったのか、間違っていたのか考えながら...



タクシードライバー



by falcon65 | 2010-10-30 19:46 | 携帯から


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